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明日がちょっと楽しみになる(かもしれない)BLOG

近頃は1人カラオケネタが多い、日本マニアック協会札幌支部長のブログ。

実は読書ってめんどくさくない

楽しくなるための考え方 ネットから拾い読み

こんにちは。

「さすがにホークス相手に3連勝はなかったよね。まあしょうがないね」と思っているKouです。

1点差で久は冷や汗ものだとは思っていたけど…。

 

さて、今日のテーマは予告していた通りに「読書」です。

 

私、長いこと本を読むということにどうもなじめませんでした。
皆さんの中にもそういう方結構いらっしゃるんじゃないでしょうか?(私だけ?)

 

「書かれていることの隅から隅まで読まないと、その本を読んだことにならないのではないか?」
「文章から作者の伝えたいことを正確に読み取らないと、本を読んだことにならないのではないか?」

「しかも読んだそばから頭から抜けていくし…」

私は読書に対してこういう意識があったもんですから、読書をすることに積極的になれず、たとえ読んだとしても「自分は読書をしている」「今日はこの本を読んだぞ!」ということを実感したことはほとんどなかったですね。

ここ近年はあれこれ本を買って読むようにはなりましたが、それでも自分の読書に対するネガティブイメージはそのまま変わらずでした。

 

で、そんなあるとき以下の記事を見つけました。

「なぜ、読書ノートは続かないのか?継続できる簡単で効果的な3つの方法」
(ダイヤモンドオンライン 2013.12.9)

読書ノートのつくり方について書かれた記事ですが、読書に対する心構えについても気づきを得られる内容です。
「心構え」といっても「読書とはかくあるべし!」的なものではなく、むしろ「読書ってそんなに身構えてしなくてもいいんだ!」と思えるテイストのものです。

例えばこんな感じのことが書かれています。

読書家で知られるフランス文学者の鹿島茂さんは、エッセイの中でこのように読書ノートの効用を説明しています。

 

「(前略)なにも本を最後まできっちりと読む必要はない。それよりも、どんなかたちであれ、その本がなにがしかの痕跡を自分に残したと感じるような工夫を講じることが大切なのだ。それには、著者名と題名、それに少しの引用、遭遇時情報などだけでも、とにかく読書日記をつけてみることが最も有効な方法なのである」(『うらやましい人』「’03年版ベスト・エッセイ集」日本エッセイスト・クラブ編/文藝春秋

 

え、そんなんでいいの!?

「読書家」と言われる人でもこういうふうに考えているんですね。
私のような人間にとってこういう人がいるっていうのは心強いです。

実は私も、その本が自分に痕跡を残した記述の場所に小さい付箋を貼って「痕跡返し」をしています。

こうしておくと読了後しばらく日にちが経ったあるとき、例えば「そういえばあの本にすんごい良いことが書かれていたような気がしたけど、どのページだったかな?」といった時、付箋の貼ってあるページだけを探せば目的のページにスピーディーにたどり着くことができるんですね。

それに、貼ってあるのを見るだけでも、「この本を読んだ」という実感が多少なりとも湧いてきて、いつのまにかその本が「買ってきて所有している本」から「自分が読んだ本」「自分の本」になっている感じがしてきます。

ちなみに小さい付箋、私は「ポスト・イット(R)ジョーブ 透明スリム見出し」というのを使っています。
細いので活字の幅にほぼジャストフィットし、「ここの行の記述!」と分かるように貼れるのが◎。
しかも粘着部分が透明なので字の上から貼れるのもまたいいです。

 

ちょっと横道に逸れてしまいましたね。

その他にも、「不要な情報は切り捨てる」「著者の意図を汲み取ることにとらわれすぎない」など、読書の敷居がどんどん低くなるノウハウが随所に書かれています。

 

「本は読んでみたいけどなんとなくめんどくさいんだよね~」という方は一度試してみるのもいいのではないでしょうか(^^) 

ではまた~